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10話 森に似合わぬ救世主

last update Huling Na-update: 2025-04-02 14:30:17

 やがて視界いっぱいを覆い尽くした閃光が消え、露わとなった正体にキルシュは目を瞠った。

 ──それは、齢二十に届くか届かないかという風貌の青年だった。

 柔らかに逆毛の立つ短い髪。その髪色は暗闇の中でも淡い色をしている事が分かる。装いは暗色を基調としたジレにシャツ、下衣に革製のブーツを合わせていて、洗練された雰囲気のあるものを召している。

 上背もあり、ぱっと見た雰囲気は、鋭い目付きが印象的。とても、精悍な顔立ちの青年だった。

 しかし、射貫かれた瞳は人間のものではない。

 その瞳は暗闇の中、煌々とした光を放っているのだ。それはまるで、真昼の陽光を絞り集めたかのよな眩い金色で……。そんな瞳の奥底に真鍮色のギアのようなものがゆっくりと回っているのが見える。

 更によく見れば、彼の首や手首の関節部位には不自然な継ぎ目があって……。

 ふと連想するのは、機械科学の産物──

「機械人形(オートマトン)……?」

 キルシュは呟くと、彼は何も答えずに視線を反らした。

「走るぞ」

 ぶっきらぼうに彼は言う。そして、彼はキルシュの手首を掴む獣道を駆け出した。 その一拍後、禍々しい咆哮を上げて異形の生き物は二人を追い始める。

「**あああああ! 許さない、許さない、憎い……憎い!**」

 のろのろとまどろっこしい、呪詛のような言葉が後方から響き渡った。

 しかし彼の足は速すぎた。とてもでは追いつけず、さっそく足がもつれて転びそうになった瞬間だった。

「仕方ないな」

 痛い程に手首を引っ張られて、腰を掴まれた。そうして抱え上げられるなり、彼の肩に担がれる。

「──!」

 とっさの事に驚いてしまった。

 落ちないようにと片腕でがっちりと腰に腕を回……思いきり、おしりを触られているが、もはやそれどころではない。

 背後からこの世の生き物とは思えない恐ろしい奇声が聞こえてくる。

 ふとキルシュが身体を少し起こして後ろを見ると、やはりあの恐ろしい生き物が涎を垂らして追ってきていた。

「ね

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  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   11話 初めては甘やかで

     ……と、言っても近すぎるだろう。 キルシュは彼からぷいと顔を逸らす。「な、何?」 いくら顔が格好良くて、人のように感情を持ち自立し思考するように思えても、人ではない。何を考えいるのか分からなかった。キルシュは、彼を一瞥した途端だった。すぐに頤を摘ままれて、無理矢理彼の方を向かされる。「……!」 頭から湯気でも上がってしまいそうだった。キルシュは真っ赤になって彼から目を逸らす。 堪らぬ羞恥は、具象の花を手のひらから次々に芽吹かせる。薄紅の蕾が膨らみぱっと小さな小花を次々に咲く様はまさに感情現れ。いたたまれない羞恥にキルシュは追い込まれる。「俺は一つ、おまえに頼み事をしなきゃいけない」 ややあって言った彼の声は少し震えていた。 おっかなびっくりとキルシュが彼を見ると、光る目のせいでうっすら分かる彼の顔が紅潮しているのが分かった。「頼み事?」 訝しげにキルシュは見る。彼は頷いた。「俺に少しヘルツを……おまえの〝心〟をくれないか?」「心?」 キルシュは眉をひそめて復唱した。 ──ヘルツとは、宗教学的に〝心そのもの〟を示す言葉だ。『心が欲しい』それがいったい、何を示すのだろうか……キルシュは困惑し何度も目をしばたたく。「〝心〟は力を発動させる為の原動力だ。さっきおまえを助けた時に、殆ど使い果たした。あと数時間しないと、俺の〝心〟は回復しない。このままだと俺たちは安全な場所に逃げ切れないと思う」 ──おまえを守らなきゃいけない、だから頼みたいんだ。と付け添えて。彼は、キルシュを上に向かせた。  確かこんなシーンは、夜に部屋で一人密やかに楽しむ娯楽、恋愛小説で見た事がある。 男性に頤を摘まみ上げられて、上を向かされて……そう。作中のヒロインたちと、全く同じ状態に置かれている。ああ、きっと、そうに違いない。 これから、されるであろう事

    Huling Na-update : 2025-04-04
  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   12話 記憶の鍵はそこにある

     ──霞のかかった白の視界は次第に色が付き始めた。黄昏を連想させる金と茜が交じり合う……そんな光が空間いっぱいに満ちていた。 記憶に無いが、そこはどこか見覚えのある景色で……。唖然としたキルシュは辺りをぐるりと見渡した。 なだらかな曲線を描いて広がる木目調の高い天井に、高い場所にある窓には蔓草を象ったアイアンの窓飾り。どこかの礼拝堂だろうか。『なぁキルシュ!』 途端に呼ばれた少年の声にキルシュが、振り向くと壇上のステンドグラスの前に少年と少女が立っていた。年齢は十歳に満たない程で……。 その光景を見た瞬間にキルシュの側頭部はズキリと痛んだ。 そこに立っている少女は、紛れもなく幼い頃の自分自身。茜色の髪に、若苗色の瞳。そんな小さな自分の正面で手を差し出している少年は、真夏の陽光を束ねたかのような金髪だった。 しかし不思議と彼の顔ははっきりと見えなかった。 それでも大きな特徴が見えた、左手の甲にある火輪──まさに太陽を象ったかのような能有りの紋様がある。それをはっきりと見た瞬間にキルシュの胸は痛い程に爆ぜた。喉の奥が嫌に乾いて苦しい。(何なの、これは……私は確か真夜中の森に居たはずで) どくどくと自分の脈が煩くなって、呼吸が苦しい。 身体が心が〝これ以上は見るな〟と拒絶している感覚もあるが、壇上の二人から目が逸らせない。 幼きキルシュは差し出された彼の手を取り、やんわりと微笑んでいた。 ……自然に普通に笑えている。今ではできない事に、キルシュは唖然としてしまった。『おれね、キルシュが大好きなんだ。大人になっても最高の親友でいよう。それでな、いつか……いつかは……』 顔の見えない少年は言葉を詰まらせる。そんな様子に幼いキルシュは首を傾げて彼を見上げていた。『なぁに?』『──っ! いつか、おれの事を好きになってくれたら、お嫁さんになってほし

    Huling Na-update : 2025-04-07
  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   13話 思い出す事がただ怖い

     本当にどうしてなのだろう。なぜ、こんなにも悲しいのか、切ないのか分からない。  嗚咽を溢して泣くキルシュに彼はしゃがんで手を伸ばす。そうして、優しく髪を撫で頬を撫でて……濁流のように溢れ落ちる涙を掬った。   「泣き虫は相変わらずなんだな。ほら行くぞ」 ──立てるか? と、優しく言って。彼はキルシュに左手を差し出した。  そこにある太陽を象る火輪の紋様はいびつに引き裂かれていて……それを見た瞬間にキルシュの瞳は余計に潤った。  ああ、間違いない。先程の幻視の中で見たものと違いない。彼はきっと〝元〟能有りだ。そして恐らく、人間だったに違いない。そう考えるのが自然だった。   「……ケルン」 キルシュが小さく呟くと、彼はどこか切なげに笑んでキルシュの手をやんわりと握る。   「俺の名前、思い出してくれたんだ」  そうだ、ケルンだ。と彼は言って、彼はキルシュを抱き寄せた。 男の人に抱き締められたのは、記憶上初めてだった。  無骨で胸板が固くて少し厚い。機械人形にしてはあまりによく、出来過ぎている。皮膚も人間の質感と何ら変わらなくて、首筋から感じる匂いが何だか、温かなお日様のようで。何だか不思議と懐かしい心地がする。「……ねぇ、どうして。私は貴方の事を何も知らないのに、どうして」    分からない事が怖い。けれど、知る事が怖くて堪らなかった。  忘れた記憶が今にも蘇りそうだ。キルシュがこめかみに手を当てた途端だった。  目を瞑って真っ暗な視界の中、ボーンボーン……と柱時計のような音が鳴り、胸の奥がたちまち凍てつくように冷たくなる。    ────怖い。嫌だ、忘れたくない。忘れたくないよ。 しゃくり上げるように嗚咽を溢し、懇願する幼い自分が浮かび上がる。目隠しをされているのだろう。視界は塞がれていて、何も見えない。  身動き一つ取れなくて、ただならぬ恐怖で身体が強ばった。 ひっ。と、キルシュが、目を瞠った瞬間に、彼は途端にキルシュを今一度抱き寄せた。  まるで、〝そちら側に行くな〟という

    Huling Na-update : 2025-04-09
  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   14話 目覚めたそこは

     パタンと、静かに扉が閉まる音がした。  暖かで柔らかな、陽の光に促されてキルシュはゆっくりと瞼を持ち上げる。(私は……ここは)    すぐに頭に過ったのは昨晩の二つの出会いだった。  喋る鳩に、自立し思考する機械人形。それも元人間、能有りと思しくて……。 どちらも、現実的ではないものだった。まるで夢でも見ていたかのように思う。だが、見知らぬ絵画の天井と身体を包む暖かで柔らかな掛け布団の感触に、ここが学院寮でも伯爵家の屋敷でもないとキルシュは改めて理解した。(……どこだろう)    疑問は湧き立つが、それ以上に空腹の方が気になってしまう。  どこからか、ベリーを煮詰めたような甘酸っぱい香りが漂ってくる。それがジャムだったら、パンにたっぷりつけて頬張りたい。そんな事を考えつつも、キルシュは寝返りを打つ。 それもそのはずだろう。最後の食事は前日の朝。帝都の寮で朝食をとったきりで何も口にしていなかったのだ。  せめて、部屋に運ばれた夕飯くらい食べればよかった……と、後悔して、キルシュはぺったんこになった自分の腹を摩ったと同時だった。   『ケケケ……。起きたか徒花の眠り姫』 軽い調子の声と共に、目の前にポッと光の渦がポッと灯った。そこから羽ばたいて姿を現したのは昨晩出会った、喋る鳩、ファオルだった。   (ああ、やっぱり夢じゃなかった)    もしかしたら自分は頭がおかしくなって、変な幻覚でも見続けていたのかとさえ思っていた。そうではなかった、よかった。と、改めて思い、キルシュは自然と唇を緩めて、安堵した顔になる。     そんな顔に見かねたのだろうか。ファオルはツンとキルシュの額を嘴で突いた。「いだっ」 『何を惚けた顔してんだよ~おまえ本当にお気楽だなぁ』 愛らしい子どもの声だが、やはり憎たらしい。  突かれた額を擦りながら、キルシュは恨めしくファオルを睨む。   「った……何するのよ、痛いじゃないの」 『だってさぁ。なーんかキルシュを見てると、腹

    Huling Na-update : 2025-04-11
  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   15話 その揶揄いは不快ではなく

     ……そうだ、キスしたのだ。 それも初めてのキスで舌を絡められて、随分と官能的なキスをされたのだ。 しかし不思議と不快ではなくて、少し……いいや、びっくりするほど気持ち良かった。自分でも本気で意味が分からない。 途端にキルシュは真っ赤になって唇を押さえる。 それにあの記憶の中の少年が彼と同一人物の〝ケルン〟というなら……。『いつか、おれの事を好きになってくれたら、お嫁さんになってほしい!』そんな言葉を言われた気がする。つまり、最初から自分に好意を持っていたという事になる。  そもそもだ。初めて出会った瞬間に彼は『見つけた』と言った。 ファオルの件もあって、ずっとこの日を待っていたように窺えてしまう。 しかし幻視を見るだの、非現実的な事が起きている。あれは本当に、同一人物なのか。何らかの変な力を使って、都合の良い夢でも見せられたのだろうか……。 キルシュは真っ赤になったまま黙考に耽る。だが、そんな様子に心配したのだろう。「キルシュちゃん、どうしたの?」 顔が真っ赤よ。と、シュネに心配そうに言われて、キルシュは我に返った。 同性とは言え初対面だ。『そのケルンに唇を奪われた』だのさすがに言えたものではない。 キルシュは慌てて首を横に振るう。 「大丈夫です、すみません。色々思い出してぼーっとしてしまって」「いいのよ。でも、びっくりしたでしょう……あまりにもよくできた機械人形だって」「……はい」「私も初対面は驚いたわ。確か、あれは五年程昔かしら……」  ──きっと、私たちは似たような立場だから話してもきっと問題なさそうね。なんて付け添えて、シュネは、薔薇色の唇を開いた。「私、北西部にあるシュトルヒ子爵領の牧師の娘なの。母は優しかったわ。けれど、父は能有りの私を疎く思って。二人は私の所為で喧嘩ばか

    Huling Na-update : 2025-04-14
  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   16話 忌まわしきの象徴の名残

     昼食後、建物内の案内をするとシュネに言われて、キルシュはその後を付いて歩いていた。 誰もが近寄らぬ森の中に、建造物がある事自体にも驚いてしまうが、それ以上にこの建物の古典的で絢爛とした美しさに驚いてしまった。  ──月白の塗料に彩られた優美な曲線を描く螺旋階段は、歩めば軋んだ音が上がった。手すりの下の格子は唐草を思わせる飾り。そして、廊下に敷き詰められた臙脂色のカーペットも、通路の壁に設置された黄金の燭台も黒く煤けていて、かなり年季が入っている事を窺える。 ……見るからに、数世紀昔の屋敷のようだった。 華美なドレスのように、幾重ものレースがあしらわれた天蓋の付いた大きなベッドに、華やかな調度品の数々……。 それはどの部屋にも設置されていて、部屋の奥には蜉蝣の羽根のように透き通ったベールの付いた猫足のバスタブが置かれていた。  どの部屋も楕円型の間取りで窓までも丸みを帯びている。そして、目立つものといえば『これでもか』と言う程に施されたゴテゴテとした漆喰装飾だ。至るところに散りばめられた煌びやかさにキルシュは目眩を覚えた。  そうして、最後にシュネに案内された部屋にキルシュは圧倒された。  そこは、こぢんまりとした礼拝堂だった。 黄金と白を基調とした祭壇には天使や聖者の彫刻の数々が左右対称に配置されている。飾り柱にも細やかな装飾や聖人のレリーフの数々がひしめいていた。美しい彫刻の数々に促されて、そのまま宙を見上げて更に気圧された。 太陽が照りつける雲の上で数多の天使が歌う。 その反対側で茜髪の聖女が闇の中、輝かしい黄金の光を抱き茨の弓を引く──荘厳な天井画が色鮮やかに描かれていたのだ。  キルシュ自身、美術に深い関心がある訳でもない。それでも、この天井画は見惚れる程に美しいかった。しかしどういった訳だろう。この絵を見れば見る程どこか不安を掻き立てられる。キルシュはすぐに天井画を見るのをやめた。「綺麗でしょう? でもね、何だか不穏な気配がしちゃって私もキルシュちゃん同じ反応しちゃ

    Huling Na-update : 2025-04-16
  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   17話 昨晩の鮮烈な記憶

    「揃いも揃って騒がしいなぁ……」  続けて言った言葉は、欠伸を混じりの間延びした気怠げな声だった。 ストン。と、目の前の落葉樹の枝から音も上げずに降りた灰金髪の青年はゆったりとこちらに歩み寄って来る。 それは紛れもなく昨晩出会った〝機械仕掛けの偶像になり損ねた〟と自称する機械人形─ケルンだった。 彼の容姿は目立つ。なかなかの長身だ。それなのに、そこに居た事に気付きもしなかった。 否、そんな場所にいる事を誰が予想をするものか。だが、驚いているのはキルシュ一人だけ。それが彼にとっては日常なのだろう。「もう、ケルンってば。寝るなら部屋で寝ればいいのに……木から落ちたら危ないわ」 肩を竦めて呆れ気味に言うシュネにケルンは、伸びをしながら欠伸を一つ。「天気が良いから、昼寝は外の方が気分が良いんだよ」 …………機械人形も寝るんだ。と、どうでも良い感想が頭に浮かんだ。 だが、彼は間違いなく後天性。だから、別にそれが普通なのだろうと納得する。しかし彼の顔を……薄くも形の良い唇を見た瞬間に、キルシュの脳裏には昨晩の事が蘇った。 心をくれ。そう命じられて。上を向かされて、大人のするような、随分と情熱的で官能的なキスをされた。それも初めてのキスで……。 その唇は温かみがあった。食まれ、貪られるように何かを絡め取られ……と、生々しい程に鮮明な感触が途端に口の中に蘇り、キルシュは慌てて唇を押さえた。 (普通なら嫌な筈なのに。ファーストキスなのに。なんで私……)  キスは心を通わせて両思いになった愛し合う男性とするもの。そういう常識があるのに。そうが良かった筈なのに、あんなに無理矢理……。キルシュは戸惑った。 ただ恥ずかしいだけで、決して嫌な心地が無かった自分に戸惑ってしまう。

    Huling Na-update : 2025-04-18
  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   18話 悩める少女の眠れぬ夜

     その日の夕食は、穀物の練り込まれた黒いパンに、キノコのスープ。それから魚を焼いたものと腸詰め肉にベリーのソースを添えたものだった。  シュネは、基本的に自給自足と物々交換の生活を送っているらしい。森でとれたキノコやベリーをレルヒェの市場へ持って行き、小麦や肉類、衣類などと交換しているそうだ。また、魚に関しては、夕飯時になると台所に置かれているそうで……恐らくケルンが湖で釣ってくるのだろうと言っていた。    ケルンの生活は、五年半の月日をともに暮らしているシュネでさえも大して把握していないそうだ。  分かる事は、今日のように晴れた日の日中は教会周辺で眠っていて、夜になれば動き出す……と、まるで野生動物のような生活を送っているらしい。    しかし、ケルンは動物とは違う。無機物だ。  それ故か、彼が食事を必要としないらしい。全く食べられないというわけではないらしいが、要らないと……。  ゆえに、これだけともに長く暮らすシュネでさえ彼が何かを食べている場面は一度も見た事が無いそうだ。 間違いなく後天的。とは言っても、機械に支配された身体なのだから、食べ物がエネルギーになるとは考え難い。いったい何が動力源なのだろうか……と、そんな疑問が浮かんでくる。  しかし、連想できる事は一つだけあった。 ──あの時、彼は力の解放にキルシュの〝心〟を喰った。  その時にされた行為はさておき。あの時『回復するのに』という言葉を言っている時点で、通常時は自然に動力を回復されているのだと思しい。  昼間は眠っている事が多いと聞くので、睡眠が大きいのだろうとは想像できた。    そもそも、〝機械仕掛けの偶像になり損ねた〟なんて発言や、神秘的生物のファオルとの接点などを考えると、もっと神秘的で神聖で人知を超えたものが絡んでいるのだろうとも考えられる。    しかし、あまり彼の事は考えないようにしよう。  どうにも、キスの事ばかり思い出してムズムズしてしまうのだ。  キルシュは湯浴みの後、与えられた部屋の中、ベッドの上に転がってお気に入りの古書を読み始めた。 今キルシュが纏っているものは、シュネが貸してくれた卵色のナイトドレスだった。  喩えるのであれば、その形状は森に咲くホタルブクロの花を連想する。胸や腰周りはぴったりとしているが、裾にいくほど幾重にも

    Huling Na-update : 2025-04-21

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  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   20話 その瞳はあまりにも真っ直ぐで

    「な、なんでよ……」  唇をわなわなさせてキルシュが訊くと、彼はニタリと悪戯げに笑う。 二十歳前後の年端だが、唇の端を吊り上げていると、何だか悪戯小僧さながらの面影がある。「舐めたら甘そうな身体を無防備に見せてきた癖に。いいだろ別に」 ──キルシュって反応が面白いな。そのくらいの仕返しさせろ。なんて少しばかり意地悪に付け添えて、ケルンは笑う。 恥ずかしくて堪らない。キルシュは真っ赤になって、ケルンを睨む。 確かに、自分のやらかしに違いない。それでも、何だか腑に落ちない。キルシュはむっと頬を膨らませた。 しかし、舐めた甘そうって……。その言葉を反芻してしまい、キルシュは更に頬を赤くした。 「……機械人形の癖に変態よ、不浄よ。ファオルと関わりがある時点で、貴方って一応は刻の偶像に関わりがある神聖な存在なんでしょ?」 対するケルンは、目を細めてどこか気まずそうに顎を掻く。 「あのなキルシュ。さっきも言ったが、俺は〝出来損ない〟だ。完全じゃないんだよ。だから、人と同じ成長してるし、普通に男として機能はあるんだよ」 ──無防備なおまえが心配になる。でも、そういう事も普通に考えるのは構造上、仕方ないだろ。……なんて、彼はふて腐れたようにブツブツと言った。 こうも精悍な面なのに、表情をコロコロ変えている所を見ていると、本当に人間らしいなと感心してしまう。しかしこれを言っていいものか。キルシュは、彼に着せてもらったシャツの裾をきゅっと握って居住まいを正す。「確かに貴方の事は、元が人間だと分かっているけど……」 ……自立し思考し、自我を持つ。それは人と何ら変わらない。それに、呼び覚ました記憶の中の彼は間違いなく人だった。今と髪色も瞳の色も違うが、それでもはっきりとした面影があり、大人へと成長した姿なのだろうと分かる。  しかし、どうしてそんな姿になってしまったの

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   19話 暗闇に光る金の双眸

     午前二時過ぎ。静かに部屋を出たキルシュは、手燭を持って台所に向かった。 夕食の時に『ベリーのジャムと黒いパンは作り置きが沢山あるからいくらでも食べて』なんてシュネに言われた事を思い出したのだ。 きっと、頭に糖分が足りていない。だから、こんなにも暗い気持ちが押し寄せるのだろう。一人で納得したキルシュは、軋む音が鳴らないように螺旋階段を足早に下って台所で向かった。  この教会は〝歪んだ真珠の文化〟そのものの仰々しい装飾だらけだが、構造は単純で最低限の部屋しか設けられていない。 二階には部屋が四つ。下には台所と礼拝堂があるだけで、あとは廊下だけ。だから、たった一度の案内でも全てが把握できた。  難無く台所まで辿り着いたキルシュは、真鍮のドアノブを捻り、扉を引いたと同時だった──ゴソリと闇の奥で何かが蠢く気配を感じ取ったのだ。 何事か。まさか、狂信者だろうか。 だが、彼らはこの教会近辺にまず近づかないとは聞いた。手燭を握る手はカタカタと震え、掌から手首を這ってゆっくりと蔦が萌え始める。 「……誰かいるの?」 臆しながらキルシュは問いかける。すると、台所の奥深くの闇に二つの黄金の光がポッと灯った。 正体は不明。だが、それが目だと分かり、キルシュは『ひっ』悲鳴を出しかけた途端だった。〝何か〟が音も立てずに恐ろしい勢いで接近してきたのだ。 そうして、瞬く間にキルシュは背後から羽交い締めにされ、唇を塞がれた。「──ん!」 悶えながらキルシュは上を向く。すると間近で黄金に光る瞳と視線が交わった。(ケルン?) 間近に映る彼の精悍な顔立ちと、神秘的な輝きを宿して光る瞳にキルシュの鼓動は高鳴った。「……騒ぐな。シュネが起きる」 何かを口に含んでいるようなモゴモゴとした喋り方にキルシュは違和を覚えたと同時、ベリーの甘酸っぱい香りが鼻腔をつきキルシュは目を瞠る。 キルシュは腕まで巻き付いた蔦の具象を解く。すると、彼もキルシュを離した。

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   18話 悩める少女の眠れぬ夜

     その日の夕食は、穀物の練り込まれた黒いパンに、キノコのスープ。それから魚を焼いたものと腸詰め肉にベリーのソースを添えたものだった。  シュネは、基本的に自給自足と物々交換の生活を送っているらしい。森でとれたキノコやベリーをレルヒェの市場へ持って行き、小麦や肉類、衣類などと交換しているそうだ。また、魚に関しては、夕飯時になると台所に置かれているそうで……恐らくケルンが湖で釣ってくるのだろうと言っていた。    ケルンの生活は、五年半の月日をともに暮らしているシュネでさえも大して把握していないそうだ。  分かる事は、今日のように晴れた日の日中は教会周辺で眠っていて、夜になれば動き出す……と、まるで野生動物のような生活を送っているらしい。    しかし、ケルンは動物とは違う。無機物だ。  それ故か、彼が食事を必要としないらしい。全く食べられないというわけではないらしいが、要らないと……。  ゆえに、これだけともに長く暮らすシュネでさえ彼が何かを食べている場面は一度も見た事が無いそうだ。 間違いなく後天的。とは言っても、機械に支配された身体なのだから、食べ物がエネルギーになるとは考え難い。いったい何が動力源なのだろうか……と、そんな疑問が浮かんでくる。  しかし、連想できる事は一つだけあった。 ──あの時、彼は力の解放にキルシュの〝心〟を喰った。  その時にされた行為はさておき。あの時『回復するのに』という言葉を言っている時点で、通常時は自然に動力を回復されているのだと思しい。  昼間は眠っている事が多いと聞くので、睡眠が大きいのだろうとは想像できた。    そもそも、〝機械仕掛けの偶像になり損ねた〟なんて発言や、神秘的生物のファオルとの接点などを考えると、もっと神秘的で神聖で人知を超えたものが絡んでいるのだろうとも考えられる。    しかし、あまり彼の事は考えないようにしよう。  どうにも、キスの事ばかり思い出してムズムズしてしまうのだ。  キルシュは湯浴みの後、与えられた部屋の中、ベッドの上に転がってお気に入りの古書を読み始めた。 今キルシュが纏っているものは、シュネが貸してくれた卵色のナイトドレスだった。  喩えるのであれば、その形状は森に咲くホタルブクロの花を連想する。胸や腰周りはぴったりとしているが、裾にいくほど幾重にも

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   17話 昨晩の鮮烈な記憶

    「揃いも揃って騒がしいなぁ……」  続けて言った言葉は、欠伸を混じりの間延びした気怠げな声だった。 ストン。と、目の前の落葉樹の枝から音も上げずに降りた灰金髪の青年はゆったりとこちらに歩み寄って来る。 それは紛れもなく昨晩出会った〝機械仕掛けの偶像になり損ねた〟と自称する機械人形─ケルンだった。 彼の容姿は目立つ。なかなかの長身だ。それなのに、そこに居た事に気付きもしなかった。 否、そんな場所にいる事を誰が予想をするものか。だが、驚いているのはキルシュ一人だけ。それが彼にとっては日常なのだろう。「もう、ケルンってば。寝るなら部屋で寝ればいいのに……木から落ちたら危ないわ」 肩を竦めて呆れ気味に言うシュネにケルンは、伸びをしながら欠伸を一つ。「天気が良いから、昼寝は外の方が気分が良いんだよ」 …………機械人形も寝るんだ。と、どうでも良い感想が頭に浮かんだ。 だが、彼は間違いなく後天性。だから、別にそれが普通なのだろうと納得する。しかし彼の顔を……薄くも形の良い唇を見た瞬間に、キルシュの脳裏には昨晩の事が蘇った。 心をくれ。そう命じられて。上を向かされて、大人のするような、随分と情熱的で官能的なキスをされた。それも初めてのキスで……。 その唇は温かみがあった。食まれ、貪られるように何かを絡め取られ……と、生々しい程に鮮明な感触が途端に口の中に蘇り、キルシュは慌てて唇を押さえた。 (普通なら嫌な筈なのに。ファーストキスなのに。なんで私……)  キスは心を通わせて両思いになった愛し合う男性とするもの。そういう常識があるのに。そうが良かった筈なのに、あんなに無理矢理……。キルシュは戸惑った。 ただ恥ずかしいだけで、決して嫌な心地が無かった自分に戸惑ってしまう。

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   16話 忌まわしきの象徴の名残

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  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   15話 その揶揄いは不快ではなく

     ……そうだ、キスしたのだ。 それも初めてのキスで舌を絡められて、随分と官能的なキスをされたのだ。 しかし不思議と不快ではなくて、少し……いいや、びっくりするほど気持ち良かった。自分でも本気で意味が分からない。 途端にキルシュは真っ赤になって唇を押さえる。 それにあの記憶の中の少年が彼と同一人物の〝ケルン〟というなら……。『いつか、おれの事を好きになってくれたら、お嫁さんになってほしい!』そんな言葉を言われた気がする。つまり、最初から自分に好意を持っていたという事になる。  そもそもだ。初めて出会った瞬間に彼は『見つけた』と言った。 ファオルの件もあって、ずっとこの日を待っていたように窺えてしまう。 しかし幻視を見るだの、非現実的な事が起きている。あれは本当に、同一人物なのか。何らかの変な力を使って、都合の良い夢でも見せられたのだろうか……。 キルシュは真っ赤になったまま黙考に耽る。だが、そんな様子に心配したのだろう。「キルシュちゃん、どうしたの?」 顔が真っ赤よ。と、シュネに心配そうに言われて、キルシュは我に返った。 同性とは言え初対面だ。『そのケルンに唇を奪われた』だのさすがに言えたものではない。 キルシュは慌てて首を横に振るう。 「大丈夫です、すみません。色々思い出してぼーっとしてしまって」「いいのよ。でも、びっくりしたでしょう……あまりにもよくできた機械人形だって」「……はい」「私も初対面は驚いたわ。確か、あれは五年程昔かしら……」  ──きっと、私たちは似たような立場だから話してもきっと問題なさそうね。なんて付け添えて、シュネは、薔薇色の唇を開いた。「私、北西部にあるシュトルヒ子爵領の牧師の娘なの。母は優しかったわ。けれど、父は能有りの私を疎く思って。二人は私の所為で喧嘩ばか

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   14話 目覚めたそこは

     パタンと、静かに扉が閉まる音がした。  暖かで柔らかな、陽の光に促されてキルシュはゆっくりと瞼を持ち上げる。(私は……ここは)    すぐに頭に過ったのは昨晩の二つの出会いだった。  喋る鳩に、自立し思考する機械人形。それも元人間、能有りと思しくて……。 どちらも、現実的ではないものだった。まるで夢でも見ていたかのように思う。だが、見知らぬ絵画の天井と身体を包む暖かで柔らかな掛け布団の感触に、ここが学院寮でも伯爵家の屋敷でもないとキルシュは改めて理解した。(……どこだろう)    疑問は湧き立つが、それ以上に空腹の方が気になってしまう。  どこからか、ベリーを煮詰めたような甘酸っぱい香りが漂ってくる。それがジャムだったら、パンにたっぷりつけて頬張りたい。そんな事を考えつつも、キルシュは寝返りを打つ。 それもそのはずだろう。最後の食事は前日の朝。帝都の寮で朝食をとったきりで何も口にしていなかったのだ。  せめて、部屋に運ばれた夕飯くらい食べればよかった……と、後悔して、キルシュはぺったんこになった自分の腹を摩ったと同時だった。   『ケケケ……。起きたか徒花の眠り姫』 軽い調子の声と共に、目の前にポッと光の渦がポッと灯った。そこから羽ばたいて姿を現したのは昨晩出会った、喋る鳩、ファオルだった。   (ああ、やっぱり夢じゃなかった)    もしかしたら自分は頭がおかしくなって、変な幻覚でも見続けていたのかとさえ思っていた。そうではなかった、よかった。と、改めて思い、キルシュは自然と唇を緩めて、安堵した顔になる。     そんな顔に見かねたのだろうか。ファオルはツンとキルシュの額を嘴で突いた。「いだっ」 『何を惚けた顔してんだよ~おまえ本当にお気楽だなぁ』 愛らしい子どもの声だが、やはり憎たらしい。  突かれた額を擦りながら、キルシュは恨めしくファオルを睨む。   「った……何するのよ、痛いじゃないの」 『だってさぁ。なーんかキルシュを見てると、腹

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   13話 思い出す事がただ怖い

     本当にどうしてなのだろう。なぜ、こんなにも悲しいのか、切ないのか分からない。  嗚咽を溢して泣くキルシュに彼はしゃがんで手を伸ばす。そうして、優しく髪を撫で頬を撫でて……濁流のように溢れ落ちる涙を掬った。   「泣き虫は相変わらずなんだな。ほら行くぞ」 ──立てるか? と、優しく言って。彼はキルシュに左手を差し出した。  そこにある太陽を象る火輪の紋様はいびつに引き裂かれていて……それを見た瞬間にキルシュの瞳は余計に潤った。  ああ、間違いない。先程の幻視の中で見たものと違いない。彼はきっと〝元〟能有りだ。そして恐らく、人間だったに違いない。そう考えるのが自然だった。   「……ケルン」 キルシュが小さく呟くと、彼はどこか切なげに笑んでキルシュの手をやんわりと握る。   「俺の名前、思い出してくれたんだ」  そうだ、ケルンだ。と彼は言って、彼はキルシュを抱き寄せた。 男の人に抱き締められたのは、記憶上初めてだった。  無骨で胸板が固くて少し厚い。機械人形にしてはあまりによく、出来過ぎている。皮膚も人間の質感と何ら変わらなくて、首筋から感じる匂いが何だか、温かなお日様のようで。何だか不思議と懐かしい心地がする。「……ねぇ、どうして。私は貴方の事を何も知らないのに、どうして」    分からない事が怖い。けれど、知る事が怖くて堪らなかった。  忘れた記憶が今にも蘇りそうだ。キルシュがこめかみに手を当てた途端だった。  目を瞑って真っ暗な視界の中、ボーンボーン……と柱時計のような音が鳴り、胸の奥がたちまち凍てつくように冷たくなる。    ────怖い。嫌だ、忘れたくない。忘れたくないよ。 しゃくり上げるように嗚咽を溢し、懇願する幼い自分が浮かび上がる。目隠しをされているのだろう。視界は塞がれていて、何も見えない。  身動き一つ取れなくて、ただならぬ恐怖で身体が強ばった。 ひっ。と、キルシュが、目を瞠った瞬間に、彼は途端にキルシュを今一度抱き寄せた。  まるで、〝そちら側に行くな〟という

  • 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女   12話 記憶の鍵はそこにある

     ──霞のかかった白の視界は次第に色が付き始めた。黄昏を連想させる金と茜が交じり合う……そんな光が空間いっぱいに満ちていた。 記憶に無いが、そこはどこか見覚えのある景色で……。唖然としたキルシュは辺りをぐるりと見渡した。 なだらかな曲線を描いて広がる木目調の高い天井に、高い場所にある窓には蔓草を象ったアイアンの窓飾り。どこかの礼拝堂だろうか。『なぁキルシュ!』 途端に呼ばれた少年の声にキルシュが、振り向くと壇上のステンドグラスの前に少年と少女が立っていた。年齢は十歳に満たない程で……。 その光景を見た瞬間にキルシュの側頭部はズキリと痛んだ。 そこに立っている少女は、紛れもなく幼い頃の自分自身。茜色の髪に、若苗色の瞳。そんな小さな自分の正面で手を差し出している少年は、真夏の陽光を束ねたかのような金髪だった。 しかし不思議と彼の顔ははっきりと見えなかった。 それでも大きな特徴が見えた、左手の甲にある火輪──まさに太陽を象ったかのような能有りの紋様がある。それをはっきりと見た瞬間にキルシュの胸は痛い程に爆ぜた。喉の奥が嫌に乾いて苦しい。(何なの、これは……私は確か真夜中の森に居たはずで) どくどくと自分の脈が煩くなって、呼吸が苦しい。 身体が心が〝これ以上は見るな〟と拒絶している感覚もあるが、壇上の二人から目が逸らせない。 幼きキルシュは差し出された彼の手を取り、やんわりと微笑んでいた。 ……自然に普通に笑えている。今ではできない事に、キルシュは唖然としてしまった。『おれね、キルシュが大好きなんだ。大人になっても最高の親友でいよう。それでな、いつか……いつかは……』 顔の見えない少年は言葉を詰まらせる。そんな様子に幼いキルシュは首を傾げて彼を見上げていた。『なぁに?』『──っ! いつか、おれの事を好きになってくれたら、お嫁さんになってほし

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